御祭神・御神徳

御祭神

伊邪那美命 (いざなみのみこと)
誉田別命 (ほんだわけのみこと)
天児屋根命 (あめのこやねのみこと)

概要と御神徳

【伊邪那美命】

天地開闢において”伊邪那岐命(いざなぎのみこと)”とともに生まれた神で、国産み・神産みにおいて伊邪那岐との間に日本国土を形づくる多数の子をもうけます。その中には淡路島・隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象の神々を生みます。

火の神”迦具土神(かぐつち)”を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せのちに神去る(かむさる:亡くなる)が、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生みました。この後、イザナミは黄泉国の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになりました。

名前の「いざ」は「誘う(いざなう)」の意とされています(諸説あり)。

国と神を生んだことから、延命長寿、病気平癒などの身体面全般の御神徳をお持ちでいらっしゃいます。

 

 

【誉田別命】

”八幡様”でお馴染み、15代応神天皇

 

『古事記』によると先帝である父・仲哀天皇と母・神功皇后の間に生まれたとされ、近畿から西日本一帯の海・山の民をことごとく平定し、また実際の歴史上では、その活躍の時代は4世紀末にあたり、日本では鉄の文化が普及し、大和朝廷が大いに発展した時代で、朝鮮半島との交流を深め、国内では東国への進出が行われました。

 

仲哀天皇9年(西暦200年)に生まれ、270年に71歳で即位し、その41年後(310)に111歳で崩御(古事記では130歳)したと云われています。その亡骸を葬った誉田御廟山古墳 (こんだごびょうやまこふん)大阪府羽曳野市にあり、約420メートルの墳丘の長さは大仙陵古墳(仁徳天皇陵)に次ぐ国内2位の巨大前方後円墳です。

以上このような軍事的な業績により、開運武勇の神と崇められています。


【天児屋根命】

岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱えた神様で、天孫降臨のには邇邇芸命(ににぎのみこと)に随伴し、中臣連などの祖となったとされています。 名前の「コヤネ」は「小さな屋根(の建物)」の意味で、託宣の神の居所のことと考えられます
 
 

中臣連の祖神であることから、中臣鎌足を祖とする藤原氏の氏神として信仰されました。
 
 

以上のことから祝詞、言霊、学問の神として信仰されています。

 

 

 

 

 

松山神社(千葉県匝瑳市松山鎮座)
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